週末日記

020












先月末からずっと実家へ。

土日は夫の食事などもあるし・・と、一旦東京に戻ってきた。


土曜の午前中、平日の夫の食事用材料を、買出しへ。

帰り道、街の掲示板で嬉しい情報をゲットしてしまった。

昨年も行った、近所の寺の別院で行われる江戸落語。

まさに、その日の1時間半後に行われるではないか。


行かねばなるまい・・・。笑

夫と小さく興奮し、そそくさと買い物を済ませ、別院へ。

さすが・・・第13回ともなればファンもいて、既に、行列が。

木戸銭500円というのも、魅力の一つだろう。

思いがけずに、大好きな落語を聞くことができた。

ふぅ。嬉しい。


今日は、ちろりと下北沢へ出掛けたけれど、その他の時間は、

ほとんど台所の主と化して、夫の5日分の食事をセット。

いつもは集中して無心になれる台所仕事も、今週末ばかりは

なんだかつまらない事をあれこれと思い出してしまい、集中が

できなかった。スイッチを何度も切り替える。



明日からはまた5日間、母のもとへ。

私の母もだいぶ痩せて、小さな背中になってしまった。

母は、お父さんのおかげでスリムになったと笑顔を見せるけど。


夕方、茶の間で正座をしてテレビを1人見る母の背中を見ると、

胸が苦しくなる。父が今にも帰ってきそうだ。

小さな背中と、きちんと揃えられた正座の足の裏を見ると、

あぁ母を大切にしようと思う。

母も「長生きするよ!あたしが死んだら皆困るでしょ!!」

なんて言ってくれる。にくいねぇ。

スペインとチェコに行くのが夢という母。

連れて行ってあげたいなぁ。



さっ。

明日もよき日にして行こう。




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10/29

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実家へ行く日が延期して、一昨日は久し振りにパンを焼いた。

パン生地をこねる作業も、なんだかとっても疲れてしまった。

いちいちの動作に、よいしょと気持ちを込めなくては動けない。


明日からまた、実家の母の元へ行こうと思う。

今は少しでも母の心の支えになりたいと思う。

喪った悲しみには、実際に差し伸べられる手が一番だから。


心の準備を少しずつすることができた、someちゃんとのお別れ。

someちゃんとは、きちんとしたお別れができて感謝している。


しかし、突然襲った父との別れ。

今、心の中で湧いてくる悲しみは、父との別れで、とても辛い。

会いたくて仕方がない。もう会えないことが、苦しくて仕方がない。

それほど大きな存在だった。

ここ最近、メールや電話の数が減ってしまったことが悔やまれる。

必ず太陽の絵文字で終わる父からのメールを思い出して、目頭が熱くなる。


悲しい気持ち。それを吐き出したり抑えたりと、少々ぐったり気味。

はぁ。

そんな今日の気持ち。




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10/25

031












今週末の土日。

納棺式、通夜、火葬、告別式と、someちゃんをおくる

すべてのことに、参列させていただいた。

最後は、心の中がぽっかりと空いて、乾いていくようだった。


地元のsomeちゃんのお友達が、私のことまでも、何度も

温かい気遣いをしてくださり、本当にありがたかった。

someちゃんには、すてきなお友達が沢山いるんだねぇ。


034












東京に戻り、この数週間の出来事を一度横に置きましょうと、

夫と商店街へ散歩に出た。

以前、someちゃんとも行ったカフェで、久し振りにのんびりと

お茶をしてみた。

・・・・やはり、何を見てもどこか淋しい。

美味しいものを食べれば、今度someちゃんに教えよう。

かわいいものを見れば、今度someちゃんに買っていこう。

いつもsomeちゃんへ続いていた。

淋しいね。本当に、淋しいよ。someちゃん応答せよ。


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でも、またすぐに実家に戻り、父のことが待っている。

現実は、動いているよと自分に言い聞かせる。


今、目を閉じてみると、何の感情もないから不思議。

人間、ここまで短期間に色々あると、それを考えないように、

心を閉じたりなんかして、苦しまないように出来ているのかな?


someちゃんがそうしたように、くよくよしたって仕方がない。

起きてしまったことをそのまんま受け止めて、後は前進せよ。

そういう事だぁねぇ。


some隊長っ。前進しますっ。





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悲しみの中のしあわせ。

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10月22日 20時40分。

someちゃんが永眠した。

とても素晴らしく、someちゃんらしいお別れだった。


わたしはその最後の場面で、彼女に触れていられる事を

心の底から感謝して、自分はしあわせだと言い切れた。


病気と闘って2年。

someちゃんは本当に素晴らしかった。

特にこの2年の月日は、お互いにとても深く、思いやりの

友情の中にいたと思う。


20日から今日までの3日間。

ずっと彼女の側にいることができた。


父の他界で田舎へ戻っていた為、今月はなかなか

顔を見に行くことが出来なかった。

それでも電話をくれた彼女は、やっとの呼吸の中、

私の力になれぬ事を、何度もごめんねと謝った。

someちゃんは、そういう人だった。


18歳の出会いから、思い出は山のごとし。

先週偶然、実家で開いたアルバムは、someちゃんが

ぞくぞく登場する20代の頃のアルバムだった。

仙台、長野、飛騨高山の旅、互いの家での写真など。

二人ともムチムチ時代で、思わず苦笑した。


今回、この日記をUPするにあたり、その中から一枚。

後楽園のジェットコースター乗車中の二人のピース。


父の他界から2週間、大切なsomeちゃんまでも逝って

しまったか。

でも、思う。

悲しみの中にも、必ずしあわせがあるのだ。

今回は、最愛の友の最後に立ち会えたこと。

それはとてもとても、しあわせな事。


今は静かに、そして穏やかに、友の冥福を心から

祈ろう。

someちゃん。ゆっくり休むのだよ。

わたしが泣いたら、舌打ちしてさ、チョップしておくれね。




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すべて時にかなって美しい。

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愛する父が他界した。

「明日はよき日になりますよ」とメールしてくれた父。

常にわたしの体調を心配していた父。


さて。何を書こう。

思いつかないほど途方に暮れる出来事だけど。

ありがとうございました。

大好きです。

これが精一杯の想い。


父亡き後、美しい虹を見た。

ずっとずっと追っていた大きな虹。




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虹を見た午後は、太陽の沈む美しい景色も。

父がくれた美しい景色のようだった。



「すべて時にかなって美しい」

クリスチャンの叔父が、葬儀の夜、私に教えて

くれた言葉。





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